序章 知恵の扉

「回答力」は知恵で決まる①/知識ベース思考と知恵ベース思考【例題編】

普段から、知識ベースで考える人と、知恵ベースで思考できる人では、同じ質問を受けても、質問の捉え方+答え方【回答力】に大きな違いが出ることがあります。

知識(knowledge)と知恵(wisdom)は、どう違うのか?
ある研修で「回答力」が光った素敵な講師の1コマを、具体例を交えて紹介します。あなたなら、その質問にどう答えますか?

1、その質問、あなたならどう答える?
/研修でわかる講師の「回答力」

研修中は、受講者から様々な質問が飛び出します。単調な時間帯には、眠気が覚めて良い刺激ですね。でも、中には意図が不明な質問も。これにどう対応するか、講師の腕が試されます。

質問に的確に答えるには、相手が本当に知りたい事は何か、とっさに「質問の意図」を読み取る必要があります。相手の言葉を「額面通り」受け取るだけでは、真意にたどり着けない事も。

「回答力」は日頃の思考パターンに大きく依存します。普段から「知識」のみで対応しているか、自然に「知恵」を使っているか、違いが際立つ研修での1コマです。

研修内容:ワープロソフト初心者コース
講 師 :メイン講師1人+サポートスタッフ2人
受講者 :30人程度

講師:「ではここで、実際に文書を作ってみましょう。スクリーンと同じ文書を、各自のパソコンで作成してください。」

前方スクリーンには、練習課題として次の文書が映っています。

キーボードを叩いていた受講者の一人が、しばらくして手を挙げました。サポートスタッフが駆け寄ります。

受講者:「すみません、途中に出てくる“□”って何ですか?」
スタッフ:「スペースです」
受講者:「えっ?」
スタッフ:「だからスペースです」
受講者:???

このやり取りに気がづいた講師が、あわてて駆け寄ります。

講師:「ごめんなさい、この“□”は編集記号なんです。」
講師:「ここに「スペース」を入力しますよ!っていう意味です。みなさんに分かりやすいよう、スクリーンではわざと編集記号(□)を表示モードにしてました。」

受講者:「そうでしたか。じゃあ」

講師:「ええ、みなさんは「スペースキー」をたたいてもらうだけで結構です。」

受講者:「わかりました。私「〇〇株式会社」みたいに、記号の「□」も入力する必要があるのな?って迷ってたんです。どこかに、記号を表示させる設定があるんですね。」

講師:「その通りです。オプションの中に編集記号を表示させる設定メニューがあります」
講師:「覚えておくと便利ですよ!」

「 □」は、スペースを表わす編集記号。改行マーク 「↵」 はよく目にしますね。それと同じです。

2、「知識」ベース思考と「知恵」ベース思考

スタッフはパソコンソフトの専門家。かなり詳しい知識があります。

一方で「本当に知りたい事」は何か、質問の「意図」をとらえ、相手とって「意味ある回答」をしよう、という思考過程がありません。

あくまで「自分知識基準」で、「□」=「スペース」と即答。受講者が戸惑っても、同じ回答を繰り返しています。「なんでわかんないんだろう、この人?」

スタッフと講師の「回答力」の違いは、その思考過程にあります。スタッフは、反射的に「知識」ベースで回答し、講師は「知恵」ベースまで思考経路を引き上げて回答したのです。

「知識」とは「情報を体系化したもの」
  (情報を“意味のまとまり”ごとに体系化したもの)

・特に、普段「知識」として認識しているのは「形式知」

「知恵」とは「知識を使い意味を生み出す能力」
  (情報の本質を見抜き、知識を使って意味を生み出す能力)

・知恵は、①背景や現象をもとに情報の本質(真理)を見抜き、②知識を使って、③「意味」を創造する能力

・知恵はinvisibleな能力。現時点で「ヒト」だけに備わっており、自分の意思を持たない「AI」には無い

・知恵は、AIに対しヒトとしての美意識と尊厳を保つ貴重な能力

次章 【回答力②/知識と知恵の違い【図解編】】へ

3、スタッフと講師の回答/違いは何?

スタッフは「聞こえた情報(形式知)」をそのまま脳にインプットし、そこで導かれた数式(□=スペース)をそのままアウトプットしています。

これは「知識ベース」の思考パターンです。

これに対し、講師は「目や耳で認識した情報(形式知)」を「背景や周辺の状況」と一緒に脳にインプットしました。

「この人は、どんな事に困っているんだろう?」
脳内では、これまでの背景や状況をもとに、相手の「困りごと」を予測しながら情報を処理しています。

そのため「〇〇株式会社のように□□も入力するのか、悩んでたんだ!」と質問の「本質」を見抜き、相手にとって「意味のある回答」をアウトプット出来たのです。これが「知恵ベース」の思考パターンです。

その後も、相手の反応を見ながら話を広げ、相手の不安を払拭していますね。

受講者は、自分の「困りごと」をきちんと見抜き、丁寧にフォーローしてくれた講師に、「この人なら信頼できる」と安心したことでしょう。「次からこの人に聞こう!」

「知恵」は、宗教・哲学のジャンルに様々な解釈が存在します。

デジタル大辞泉(小学館)では、「物事の道理を判断し処理していく心の働き。物事の筋道を立て、計画し、正しく処理していく能力。」と紹介されています。

いずれにしても「神経科学」の領域で、科学的・定量的に定義することがまだ出来ません。

このため「認知科学」的に解釈することになりますが、「現在のAIには、まだできない領域」と引き算で考えると、わかりやすいかもしれません。

※形式知:言葉や数などで表現でき、容易に伝達できる知識。
※暗黙知:言葉や数などで表現することが難しく、人に伝え難い知識。理屈で説明しずらく仕様化できない。
※メタ知識:知識のための知識、知識を運用し使いこなすための知識。メタ(meta)は上位を表わす

「知恵」と同じくinvisibleな「暗黙知」や「メタ知識」は、知識とネーミングされていますが、ビジネスではむしろ「知恵」の領域に近いでしょう。

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